「つきづきし、時」へ就職する。そこには、元気と希望が寄り添っている
健太郎は四年間の都会生活を終えると、千代さんと暮らした島に帰ってきた。
みんな待っていた。
子どものころ、健太郎のすべてを受け入れてくれた海。
素足でいつまでも会話していた真っ白な浜。
いつも恋人同士のような風と波。
「おいで、おいで」をしているガジュマル。
そして、ゆるやかな健太郎の時間。
みんな笑みをたたえて待っていた。
自分が自分でいられる。そんな時間に就職できたことに、健太郎は豊かさのようなものを感じていた。千代さんが夢の中でささやいた「元気でいてね」という意味が、ようやく健太郎にも理解できた。
「本当の自分、もともとの自分の気を取り戻した時、人は元気になるんだ。それで元気という時は元の気と書くんだ。元気がない時というのは、本当の自分が見つけられない時なんだ」
時というのは、言い伝えや「思い」や風景のように受け継がれ、蘇る。再び、健太郎にふさわしい時間が戻ってきた。
目にするもの、聞こえてくるもの、香り立つもの、触れ合うもの、すべてが新鮮で瑞々しく、心がときめいた。子供のように毎日が楽しく、愉快だった。元気と希望がいつもそばにいた。
七年たった。千代さんを清める「洗骨」の日がやってきた。白いサンゴの砂に埋もれた棺を掘り返し、開ける。千代さんは骨になってもつましく、美しかった。健太郎が届けた最初にして最後の手紙である「涙のタオル」で覆われた千代さんの頭の部分は、きれいな乳白色になっていた。秋の野を染めるフヨウの花のようだった。
不思議なことに、タオルだけは朽ちることなく残っていた。
その日の夜。健太郎は夢を見た。
月のきれいな晩だった。健太郎は海に抱かれていた。潜ったり、たゆたう波に身をまかせたりしていた。海の中で手足を動かすと、丸い水泡が月光を受けて水の中の蛍のようにきらきら輝いた。
しばらく泳いだ後、浜に腰をおろし、月の光に照らされた海原を眺めていた。白いほのかな光に包まれて何かが近づいてきた。深い瞳の女性だった。ゆっくり、しなやかな足取りで近づき、健太郎の前に立った。まろやかに、無邪気に微笑む。じっと見詰め合う。
やがて、二人は風と波になって、いつまでも海を漂っていた。
「あれは千代さんだったのだろうか」
夢から覚めた健太郎は、しばらくボーッとしていた。一週間後、夢は再び現実となった。
海の彼方から、夢で逢った女性が健太郎を訪ねてきた。
「お久し振りです」
初対面のはずなのに、健太郎はずっと昔から一緒にいるような気がして、親しみを込めたあいさつで迎えていた。いつしか、その女性と居ることが健太郎の「つきづきし、時」になった。
自分にふさわしい時と暮らすようになった健太郎に、海は素敵なパートナーを送り届けた。二人は風と波のように小止みなく響き合い、静かな海とサンゴ礁の島のように結び合い、飽きることなく漂っていた。
(完)
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