あまみ便り

つきづきし、時 <3> 写真:濱田康作(康作Eyes/カメラのはまだ発行の絵葉書より)
文:一寸見洋

「思い」の限りを手を通して紙に込める。それが「手紙」。軽いようで、重い。
 健太郎の都会生活が始まった。早い。何もかもが早い。乗り物も、人々の歩調も、口調も、食べ方も、街の変化も、そして時間も。

 忙しそうに振る舞っていないと軽蔑され、取り残されそうな気がした。

 音が大きい。街を歩く。あっちこっちから大きな音が聞こえてくる。車。電車。いろんなお店のいろんな音楽。会話。足音。さまざまな音が飛び交っている。「音の台風」が停滞している、と健太郎は思った。

 空気も匂いも人々の視線も重い。電車に載る。みんな視線を重たそうに避けている。島の暮らしでは視線で会話したが、都会では視線を合わすとたちまちケンカになった。

 三ヶ月が過ぎた。特急列車に乗って暮らしているかのように月日がビュン、ビュンうなりを上げて通り過ぎていく。しかし、若いということはそれだけで力だ。いつしか健太郎の若さは都会を吸収し、都会を跳ねていた。

 そこに、千代さんからの手紙が届いた。

 「健太郎、元気ですか。友達はできましたか。千代は健太郎がいなくなってちょっぴり寂しいです。きょう、年金が入ったので少しですが送ります。体を大事に、頑張ってください。また、手紙書きます」

 千円札が五枚入っていた。短い手紙だったが、行間に島の香りや風景が寄り添っていた。健太郎は何度も何度も読み返した。

 「この便せんには、千代さんが触れた手のぬくもりが込められている。」

 読み度に千代さんの姿が浮かび、涙があふれてきた。「思い」を手に込めて、手から紙へ文字を使って移し込める。だから「手の紙」と書くんだ。健太郎は手紙が本当に思いことを始めて知った。

 しかし、健太郎は返事を書く間もなく、都会の時間に追われていた。

 千代さんは手紙を書き続けた。一つ文字を書くと健太郎の顔が浮かんでくる。健太郎に手紙を書く時、健太郎はずっと自分のそばにいる。そう考えるだけで手紙を書くのが楽しくなった。手紙の時間、それは千代さんの「つきづきし、時」だった。

 季節は夏へ向かって走り出していた。健太郎はざわめく街角にたたずみながら、島の海を思い出していた。

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